誰の手料理を食べてみたい? 1位:石川悠 ―― あなたは、どんな料理が食べたいですか? 豪華なフランス料理? コンビニのお弁当? それとも……。 自分が大好きな人が、自分のためだけに心を込めて作ってくれた手料理? ―― 「ただいまー。悠さん」 「おかえり。基寿」  悠は、最後のジャガイモを大きめに切りながら、嬉しそうに川魚の泳ぐバケツと、つり竿をもって帰ってきた基寿に笑いかける。  手にしていた荷物を足元に置き、悠を抱きしめた。  悠も、まな板の上に包丁を置き、それに応えるように基寿に腕を回す。 「見てくださいっ。大漁です」  抱きしめたまま、顔を見下ろすような状態で、基寿が笑う。その様は非常にご機嫌で、まるで誉められた大型犬のそれそのもの。  悠も、最初は基寿と一緒に行くつもりだった。しかし、料理の下ごしらえしたいから、という理由をつけ断ったのだ。  基寿が出かけていった当初は一人で寂しいものがあったが、リビングに置いてあるソファに寝そべりながら基寿のことを、ただぼんやりと考えているのは楽しかった。  当の本人には口が裂けても言えないようなことも含めて、である。  出会ったときのこと、拉致されたときに助けに来てくれた事、二人きりで行った初めての旅行のこと。  そして、初めて二人の思いが通じたあのときのこと。  一人で赤面しては、基寿のことを思いだし、そしてまた赤面。  それを基寿が戻る少し前くらいまで繰り返していたのだ。  そんなことばかりしていたらこれから先、自分が普通でいられる自信がなかった悠は、材料の下ごしらえをして気を紛らわそうとキッチンに立った。  だが。  気を紛らわすどころか、逆にもっと基寿のことを考えるようになってしまいかえって逆効果になってしまった。  そんな中、基寿が戻ってきたのだ。 「また釣ってきたな……。釣りすぎ……じゃないか?」  彼を見て、急に心拍数をあげた心臓を無理やり抑え込み、バケツの中を覗き見て、どーすんだよこれ……、と、思わず苦笑いを浮かべる。 「いやあ、思ったよりも大漁で……」  困りましたねぇ……、と基寿も苦笑いを浮かべた。  二人がいるのは、以前から基寿がまた行きたいと話していたキャンプ場のコテージ。  今年の誕生日はパーティとは別に二人きりでどこかへ、という基寿の要望に悠が応える形になった。 「それに本当に今日カレーでいいのか? 外で焼肉とかの方がよかったんじゃないか?」  少し困ったような表情を浮かべる悠。  しかし、基寿は首を横に振って笑った。 「いいんです。俺、ずっと悠さんの作ったカレー、食べたかったんです。このごろ忙しかったじゃないですか。なかなか作ってもらう機会なかったから」 「……そっか」  そう言って微笑む悠に、はい、と、嬉しそうに笑った基寿。 「作るところ、見ててもいいですか?」  にんにくの皮を剥いている悠に、基寿尋ねた。 「……うん」  少し照れくさそうに頷く悠。基寿は、そんな悠の姿が見える一番近い椅子に腰掛けた。  隊員専用の食堂で作るわけではないので、この姿を他の隊員に見られるわけではない。  このコテージの中には、自分と基寿の二人だけ。  そんな理由から、基寿は悠の料理風景を眺められることとなった。 「それだけ魚いるなら、塩焼きと刺身にでもするか?それとも、なんか食いたいものあるのか?」  二人分にしては大きな鍋に油とみじん切りにしたにんにくを入れ、火にかけながら基寿に尋ねた。  にんにくのいいにおいがしてきたところに、少し大きめに切った基寿の好きな肉を入れて、炒めはじめた。 「そうですねぇ……、一、二……八尾もいますね……」  どうしましょう、と苦笑いを浮かべる基寿。その魚を見て、悠が言った。 「なら、明日の朝、塩焼きと鯛めしみたいにして、今夜刺身とから揚げにでもしてみるか?  ……朝から重いか」 「悠さんが作ってくれるものなら何でも大歓迎ですっ!」 「わかったわかった」  くす、と嬉しそうに笑いながらも、手は止めない。  基寿が釣りに出ている間に炊飯ボタンを押したご飯の炊ける匂いと、肉の焼けるいい匂いが基寿の鼻をくすぐる。  肉を炒めている鍋に、塩胡椒を軽く振り、他の材料を入れ、しばらくしてから二人分より少し多めに水を入れ蓋をした。 「んー。いい匂い。楽しみだなぁ。悠さんの作ってくれる料理食べるの久しぶりです」 「……そうだったか?」  はい。あのときは本当に美味しかったなあ、と、一人うっとりする基寿。  それを見て、こいつは……、と悠が苦笑いを浮かべる。 「基寿、バケツごと魚持ってきてくれ」 「はい」  釣った魚の入ったバケツを、シンクの中へ置く。  油を張ったフライパンを火にかけてから、嬉しそうに互いを見つめていた。 「ありがとう」  見上げて自分に笑いかける悠を見て、基寿も幸せそうに笑う。  悠は、バケツから魚を二尾手にとり、あっという間に内臓を取り除くと、薄く塩胡椒を振り、バットに置く。  鍋の蓋を開け、静かに煮立ち始めた鍋の中から、灰汁を掬い取り、再び蓋をする。 「今度、俺が食事作ってあげますね。ただ……味の保証はしかねますけど……」 「楽しみにしてるよ」 「はい」  菜ばしを油の海に沈め、泡の出方で温度を判断する悠。 (もう少しか……)  塩を振っておいた魚に片栗粉を満遍なくまぶす。  そして、水分を吸い粒状になった片栗粉を二、三粒油の中に投入し、適温になった油の中に片栗粉で白くなった魚を投入した。  じゅわー、という音が、二人の耳に届く。 「ねえ……、悠さん」 「うん?」  こまめに鍋の灰汁を取りながら、火の通り具合を確認している悠に、基寿は言った。 「俺、宇宙一の幸せ者ですね」 「なにが?」 「だって、こうして自分の大好きな人にご飯作ってもらって、それを一緒に食べられるんですから」  そう言って笑う。 「でも、本当に俺、幸せなんですよ。今」  頬杖をつきながら、目を細めて笑いながら悠を見ている。 「悠さん。……だから……。死にそうなくらい、俺、今幸せです」  心の底から嬉しそうに言う基寿に、悠はカレールーの箱を手にしたまま、顔を赤くする。 「……ばか」  つい、いつもの一言が出る。 「俺、目の前に豪華な料理と悠さんの手料理があったら、俺は間違いなく悠さんの手料理を選びます。だって、自分の大好きな人が自分のためだけに作ってくれた手料理ですよ? そっち捨てたらバチあたります」  うんうん、ともっともらしく頷きながら基寿が行った。  箱を開けながら、見えないのをいいことに嬉しそうに笑う。 「ありがとう。……嬉しいよ」  俺も、誰に誉められるよりも嬉しい。  そんな表情を浮かべていた。  鍋の中身が沸騰するのを待ちながら、後ろで自分を見ている基寿と、他愛もない話しをする。  DGのこと、そこで働く隊員たちのこと、……そして。自分たちのこれからのこと。  何の邪魔も入らないし、緊急の呼び出しもない。無線の呼び出し音に左右されることがないのだ。  今日の朝から明日の夜まで、完全に時間は二人だけの物になる。  そんな静かな時間を、二人は幸せに感じていた。  他愛も無い話をしながらカレールーを適当な大きさに割って、鍋の中に投入する。  そして、いい色に上がった魚も、油きりの網の上に引き上げられた。  弱火でカレーを煮こんでいる間に、魚を三枚に下ろし、刺身を作る。  皿に見栄え良く刺身とから揚げを盛りつけた皿をテーブルの上に置き、カレー皿を手にしたところで、悠はふと考える。 (ん?)  しばらくテーブルの上と、ガスコンロの上とを交互に眺め、首をかしげる。 (なんだ?何かたりない。……あ!)  頭の中でもやもやしていたもの――、それはスープの存在。  すっかり忘れていた悠は、コテージに来る途中で買ったレタスと、カレーで余ったたまねぎ一つ、そして、明朝の朝食分として持ってきた卵をクーラーボックスの中から取り出す。 「ど、どうしたんですか……? 悠さん」 「……忘れてた」  面白くなさそうに一言ぽそりというと、悠は片手鍋に適当に水を入れ、コンロにかける。 「?」  いきなり動き出した悠を不思議そうな顔で見守る。  悠は、レタスを食べやすい大きさにちぎり、コンソメと薄くスライスした玉ねぎを鍋に入れる。 「今更聞くが……、お前、嫌いなものはなかったな?」 「もちろん。まあ、強いていうなら……悠さんにちょっかい出してくる奴……ですか」  いや、そうじゃなくて、という苦笑いを浮かべながら、カレーを一混ぜし、火を止める。 「嫌いな食い物だよ」 「それはもちろんありません。悠さんの作ってくれたものならなんでも大好物です」 「そっか」  話しをしながらも、悠は料理を続けた。  沸騰したスープの味を調節したあと、とき卵を流し入れ、数秒おいて火を止めた。  味見をし、お玉と味見用の小皿を持って、後ろを向く。 「よし、できた。基寿、テーブルに運ぶの、手伝ってくれ」 「はい。喜んで」  カレー以外のメニューが盛りつけられた皿をテーブルへ移動する。  サラダに川魚のから揚げ、刺身。そこに、ご飯が炊きあがったあとによそられる玉ねぎとレタス入り卵スープ。  美味しそうなにおいがする。見た目にも食欲をそそられる。  それを見て基寿が本当に、幸せそうな表情を浮かべた。 「早くご飯炊けるといいですね」 「うん。でも、このごろ忙しくて全然料理してなかったから、美味しくなかったらごめんな」 「大丈夫です。悠さんの料理は美味しいですから」  本当に幸せそうな顔をする基寿を、顔を赤くして俯いて見た。    ぴぴっぴぴっぴぴっ。  基寿の願いが届いたのか、炊飯器が炊きあがりの合図を出す。 「ご飯、炊けたようだな。まだ蓋開けるなよ。蒸らさないと美味くない」 「了解です」   嬉しそうに笑う基寿。悠も笑う。  レタスをスープの鍋に入れ、すぐに火を止め蓋をする。 「なあ……、基寿」  振り向いて微笑みながら、基寿を見る。 「はい?」 「…………ごめん。何にもない……」  その笑顔が、どこか悲しげに見えたのか。  基寿は、思わず席を立ち、シンクの前に立つ悠を後ろから抱きしめる。 「いろいろ……溜めちゃだめですよ……。悠さん。何かあったら、いつでも俺がそばにいますから嫌なこと、吐き出して下さい」  悠は、基寿のその言葉を大切に受け止めながら、うん、と一つ頷くだけ。  今日は、このコテージに基寿の誕生日で彼にもっと元気を与えようと来たのに、逆に元気をもらってしまった。  そんな思いが、悠の中にあった。 「……ありがとう。本当に……大丈夫。……さぁ、食事にしよう」  なっ? と、いつもの笑顔を見せる悠。 「そうしましょうか」  うん、と一つ頷き、基寿がしゃもじを悠から受け取る。 「食いたいだけご飯盛れよ」 「はい。一緒に悠さんのも盛りますね」 「うん」 「この位でいいですか?」 「うん。盛り終わったらここまで持って来てくれ」 「はーい」  スープを盛りつけ、それをテーブルへ運ぶ。  そして、基寿の盛ったご飯(無論、基寿の分は大盛りだが)に、カレーをたっぷりとかけた。  目の前に置かれた皿にある大きめの肉やじゃがいもなどが、基寿の食欲を刺激する。  それを持って、悠も基寿の待つテーブルへと向かう。 「待たせたな。はい。お前の分。おかわりもあるぞ。……それじゃ、食べようか」  席につくと、ミネラルウォーターの注がれたコップを基寿から受け取りながら、悠が言う。 「それじゃ、いっただきまーっす!」 「いただきます。……お前、ビールじゃなくてよかったか?」 「酒飲んだら美味しくいただけるものも美味しくいただけなくなっちゃいます。悠さん。俺、今日酒より悠さんと料理が目当てだったんですから」 「ばか……」 「それじゃ、カレー、いただきますっ」  わざと言っているように見えて、実は本気で言っている基寿の言葉に、悠はまた顔を赤くする。  スプーンでカレーをすくって、一口。 「どうだ……?」  良く噛んでから飲みこみ、うーん、と少し考え込む素振りを見せた基寿は、突然満面の笑みを浮かべて笑った。 「うん! 美味いっ! 美味いですよ悠さんっ!」 「そっか。いっぱい作ったから、たくさん食えよ」 「はい!」  二人は満足そうに微笑み合い、食事を始めた。